2008-07

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エンドルフィン デイ

生と死の分岐点―山の遭難に学ぶ安全と危険生と死の分岐点―山の遭難に学ぶ安全と危険
(1999/05)
ピット シューベルト

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始まりもせぬ旅

なんで父親殺しをしたんだと。で、どの面下げて故郷へ帰るんだと小一時間。(挨拶)

クモの最後は、やっつけられた上にさらに追い打ちをかけて徹底的に貶められ、そのうえスバらしい竜が出てきてとどめをさされた。ああそうですか。良かったですね。世界は救われるんですね。そんなにあいつは悪い奴だったんですね。

幸か不幸か時間があったので、世にも珍しい(あの原作者が乾いた口調で批判的感想を述べたんだからすごい)映画を見てしまった。時間の無駄だったと感じたが、いや、これはこれで意味があったのかも知れないと思い直す。「不味いものをさんざん食べないと、美味いものが分からないのだ」という言葉を知っていて良かったと思う。

ボーイ・ミーツ・ガール。呪宝の守護者。大賢人。正邪善悪の戦い。主人公に対する試練と成長、均衡の破壊と調和。この世の成り立ち。呪物。そして成就。少年は美しい女性を得て、帰還する。

まぁ、ディズニーの量産体制下積み原作脚本選考では必ず通るフィルタリングプロットのオンパレードであった。ネタ本は流通してるし、監督がこれらのノウハウを「知っててやった」のならどうしようもないし、知らないで組み立てたのなら、まぁ別々の原作と原案(それだけで何じゃそれという気がするが)をまぜて素人が思いつくプロットを周りが良く盛り立てましたねというところだろう。

原作者が避けたかったことの一つにして最大の問題は、原作を「ディズニー的」なものとして通り一遍のファンタジーとして貰いたくなかったということだろう。逆に言えば、それは宮崎駿のオファーを2度も蹴り、その後宮崎アニメを見直して、宮崎駿の作品として映画化するというときに、ル=グィンが最も期待したことだったのではないかと思う。

しかし、息子は(そして父も)見事にその期待を裏切った。それは、映画としての巧拙ではなく(例えば断片的な描写とか、必然性のない組み立てだとか、そういうこともあるとは思うが)、もっと原則的なこと、ゲド戦記において作者が込めたかったであろう世界観を、ものの見事に裏切り、「ディズニー的」な作品としてしまったことへの失望感だったのではないかと思う。

例えていうなら、「イシ」において影響された西洋文明の暴力と破壊的普遍性という状況への批判という意味で醸し出された作者の思想そのもの(これは「真の名」という概念に現れている)を咀嚼し理解することなく、表層的な道徳と善悪対立そして通俗的なロマンスに変えてしまった監督への失望感だろう。

だから、翻案や独自解釈として原作者の「意を汲み取らなかったから」残念である、というレベルではなく、その表現する世界観が全く相容れないのだ、という意味での、原作者の本作品への否定(「これは五郎吾朗の作品である」という、評価としての完全無視)に至ったのだろう。

参考:ゲド戦記(映画)

ウォークス ウィズ サンダー

いまクライミングで付き合っている人たちの中には、本格的な山屋が多い。稼業の傍ら山岳ガイドをしているとか、山好きが高じてペンションを経営しているとかいった人たちだ。

季節は夏。うだるような暑さの中、汗まみれになって岩に登る季節。そんなとき、遠くから黒い雲が近づき、湿気を含んだ不穏な風が流れ始めると、皆一様に緊張する場面がある。そう、雷である。

信州の山麓では、梅雨の終わりから初夏にかけて雷雲が発生する確率は高い。遠雷がかすかに聞こえたあと、大粒の雨が当たり始め、一瞬にして目も開けていられないような土砂降りとなる。そういうとき雷は、はじめは遠く近く、そして確実に、その威力を秘めた光と音が、頭上にやってくる。そんなとき運悪く屋外に居ざるを得ないときは、さすがに怖い。
先日そんな話が出て、やばいよねぇなどと言い合っていた。

雷研究がすすみ、いま分かっている話だと、落雷の「射程距離」は20キロメートルほどだそうだ。それだけでは何という感慨も湧かないが、落雷のあの「ごろごろ」という音が聞こえるのは、発生源からせいぜい10キロメートルだということを知ると、事情は変わる。もしそれが本当なら、雷の音が聞こえる前に撃たれる可能性があるということだ。

雷雲の移動速度は、時速5キロから時速40キロの幅がある。人間が普通に歩く速度が平地で時速5キロほど、ジョギング速度が時速7キロほどだから、雷の音が聞こえてから回避しようと急ぎ足になっても、もう遅い。すでに射程圏内に居るわけだし、運悪く雷雲の移動方向と一致するように逃げたら、遅かれ早かれ雷雲中心に掴まる。

雷雲に掴まったときの落雷回避法は幾つかあるが、それはまた機会があったら書くことにして(確実な落雷除けなんて屋外じゃありえないし)、今回は「いかに早く雷を察知するか」ということについて。

良くやられている方法は、雷の発生しやすい時間帯での屋外活動を避けること、雷雲(積乱雲)を目視すること、気象情報に気を配ること。最近だとインターネット上でほぼリアルタイムに落雷地点を表示するサービスもある。しかしパソコンを常時携帯するとは限らない。携帯サイトで同様のサービスがあるかも知れないが、圏外だと使えない。

古典的にはラジオを付けておく、というのがあったそうだ。雷が発する電磁波が、受信時にノイズとなって拾われる。ガリガリッとかザザッといったノイズが聞こえる。それで雷の発生を知るわけだが、どのくらいの距離でどのような動きかまでは判別できない。また、最近の受信機はなるべくそういうノイズを拾わずフィルタリングするようになっているという。

そこで、雷の発生を検知する機械というものも開発されたのだそうだが、以前のものは重くてかさばり、とてもアウトドアで気軽に携行するようなものではなかったらしい。それがいまでは、携帯電話より小さく、落雷発生をリアルタイムで捉える電子機器が売られるようになった。この機械のすごいところは、最遠60キロ先の落雷を検知する。さらに、20キロ刻みで、落雷の距離を表示する。加えて、2分ごとの落雷データを解析して、雷雲が近づいているのか遠ざかっているのかを表示させることが出来る。

先日、通販でそれを手に入れた。その日に早速夕立を伴う雷があった。たしかに検知する。落雷ノイズを拾うと発光ダイオードが光って知らせる。同時にビープ音が出る設定にしておくと、ビッと鳴って教えてくれる。実際の屋外でどこまで信用できるかはまだ分からないが、ともかく落雷を教えてくれるのは確かなようだ。

早速クライミングの時に持っていった。みんなに見せると、さすがにご存じだった。興味津々で弄くり回す。でも、高いよねぇという感想があった。いえ、1万ちょっとですよ。それで雷の恐怖から逃れられる可能性を手に入れるわけですから。そんなに高い買い物じゃありませんよ。おとうさん。

どことなく通販の広告記事になってきたような気がするが。

ともあれ、アウトドアで雷にであう季節。少々お高くても、こういう機械を持つのはいいことだと思う。それをきっかけに、雷に対する興味が出てくれば、予備知識も自然と入ってくるだろう。大切なのは機械に頼ることじゃない。自然の危険性に対して興味を持つこと。レジャーであるから安心だという、根拠のない思いこみをなくし、リスクに無関心でいるという態度が少しでも変わること。

それが、例えば河の増水で中州に取り残されるとか(これも雷雨時にありがちなこと)、土砂降りの雷雨に巻き込まれテントの中で雷に怯えすすり泣くお子さんに「大丈夫」と言えずに父親の権威を失墜させる可能性や、慌てて逃げ出して外に出しておいたダッチオーブンがどうなっているか気になって仕方がないという状況を作らずにすむひとつの方法かも知れない。

予備知識と心構えが、ハッピーなレジャーにつながるんだと思う。

というわけで、ストライクアラート

良い夏を。(^^)

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