2009-01

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雪行

 空が白みはじめるまでまだ暫くかかる。部屋の中は冷たく静まりかえり、外の世界が無くなったかのようだ。こういうときは悪天候だとわかる。降りしきる雪が音を吸収してしまうからだ。窓を吹き抜ける口笛のような音が聞こえないのが救いだろう。風はない。ということは、吹雪で視界を奪われる可能性が無いということだ。いまのところ、それは吉報だろう。窓のカーテンを少し開けると、案の定、一面の銀世界だった。

 冷えた部屋の中で就寝用のアンダーウエアを脱ぎ、たたんでおいた新しいファインウールのアンダーウエアを手早く着込む。その数秒の間でさえ、露出し外気に晒された肌は鳥肌が立ち、体幹の筋肉が反射的にこわばる。薄手のダウンコートを羽織り、ソックスを履き、冷たい板張りの廊下をつま先立ちで歩く。もちろん手探りだが、勝手知った場所だ。

 ストーブのあるキッチンまでたどり着くと、終夜点けておいたヒーターの柔らかい暖気に包まれる。ヒーターのスイッチを切り、灯油ストーブに点火する。コーヒーメーカーをセットし、スイッチを入れる。マグカップを用意し、隣の部屋に移動する。

 部屋の隅に置いてあるダッフルバッグを持ち出し、テーブルに載せる。防水透湿加工を施した中綿入り登山用グローブ、同じ素材のアルパインキャップ、オーバーオールのような形をして腰を冷えから守るように作られた、動きやすいサスペンダー付きのマウンテンビブ、防寒性能の高い高機能素材で固められた中綿入りシェルを次々と広げる。グローブとシェルは長年使っているもので、特にグローブの手のひら部分に張られている革はすり切れているが、構造的な破綻はない。

 ダウンコートを脱ぎ、中厚手のタイツを履き、マウンテンビブをさらに履く。ウェスト部分を調整しつつ、外気温と天候を勘案して、もう一枚ミドルウエアを重ね着するかどうか、少し迷う。おそらく、運動量が多いから、暑くなるだろう。汗をかいた後の冷え込みだけは避けたいところだ。アウターシェルを信頼して、ミドルウエアは着込まない事にした。

 キッチンから、珈琲の淹れ上がったコポコポという音がする。いったん作業を中止し、出来たての珈琲の香りが満ちるキッチンで、立ったままマグカップに珈琲を注ぐ。残りはステンレスの保温瓶に移し替え、テーブルの上に置いておく。珈琲を何口かすするうちに、ようやく、身体の中が暖まり、目が覚めてきた感覚を味わえる。人心地がついたところで、マグカップを置き、作業に戻る。

 アウターシェルを取り上げ、着込む。シェルのジッパーを閉じ、さらにホックでつなぎ目を塞ぐ。腕の半ばまである長いグローブをその上から装着し、肘の部分で紐を止める。これは途中、何らかの理由でグローブを外さざるを得なくなったときの紛失防止に備えてであり、癖になっている。マウンテンキャップを手に取り、耳おおいの部分を持って被る。顎の部分のドローコードを緩めに絞る。

 マウンテンキャップのうえから、ハロゲンのヘッドランプを装着する。位置を調節し、そのレンズが隠れないように、シェルのフードを被る。ジッパーを顎まで引き上げ、風雪が入り込まないようにフードのドローコードを引き絞る。

 通用口の土間に行く。雪が積もりはじめているだろうから、スパッツを使用するタイプの通常のトレイルブーツではなく、防寒性能の高いロングブーツを選んで履く。マウンテンビブの中裾をブーツの中にたくし込み、アウター部分を外側に回して裾のサイドをジップアップする。これで雪は入ってこない。

 壁に掛けてあるスワミベルトを腰の部分に巻き付ける。これは本格的なハーネスとは違い、滑落しそうなところで簡易的にロープで身体を支えるためのベルトだが、十分な強度はある。滑落してぶら下がるようなところへ行くわけではない。

 スワミベルトの正面についているループに、カラビナを通す。これも、現状の使い方ではロック付きでなくてもかまわない。

 ノルディックウォーキング用のポールを2本取り出し、石突き部分のゴムを外し、鋭利な金属の先端を露出させる。アイスバーンでの滑り止め対策になる。ハンドストラップを緩め、グローブで膨らんだ両手を通し、ぶら下げたまま通用口を開ける。

 雪が吹き込んできた。空はまだ暗く、光が漏れる戸口の周囲で、虚空から飛び込んでくる雪の粒子が乱舞する。幸い、雪はまだ足首を埋める程度だ。しかし、このまま降り続けば、すぐに脛を埋めることになるだろう。ヘッドランプのスイッチを入れ、光量を調節する。目の前に、円錐形の白い雪の軌跡がめまぐるしく動く。

 少し離れた場所で、がちゃがちゃと鎖を引っ張る音がした。雪のせいでくぐもった響きだ。

「くうん」

 甘えた声がした。もう察しているらしい。壁に掛かっているリードを手に取り、握りのループを腰のカラビナにかける。反対側の端を持ち、雪の中に歩み出る。

 黒い大きな犬が、雪の中ではしゃいでいた。激しく尻尾を振り、耳を伏せ、いかにも嬉しそうな表情で腰を落としながら私にまつわりつく。いつだったか、近所の子供が、この犬のことをラップランド犬だと言った。本当は由緒ある雑種なのだが、毛並みがそう見えるのかも知れない。もっとも、ラップランド犬というものが本当にいるのかどうか知らないのだが。

 仮称ラップランド犬を繋いでいる鎖を外し、リードに付け替える。とたんにぐうっと腰を引っ張られる。私が小さく舌打ちすると、犬はすまなそうにこちらを振り返って、少し歩を緩める。

 私たちは降りしきる雪の中を歩き出した。空はまだ暗く。犬の吐く息と、降りしきる雪。これから、吹きさらしの平原に向けて、歩いていく。片道30分の散歩。
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