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カタナとガイジンとトシロー・ミフネ

四十七人目の男[上] (扶桑社ミステリー ハ 19-14) (扶桑社ミステリー)四十七人目の男[上] (扶桑社ミステリー ハ 19-14) (扶桑社ミステリー)
(2008/06/28)
スティーヴン・ハンター

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 新宿駅西口を出て右に折れると、思い出横町がある。出張の折、ヤキトリの煙と多国籍の喧噪に浸りながら、鰻の寝床のようなカウンターに割り込み、ビールとヤキトリの盛り合わせを楽しむのが習慣化している。もしそこに、齢60、眼光鋭い痩身のガイジンが居たら。もしそのガイジンが、タイトすぎるブルージーンズを履いて、夏物のジャケットを羽織っていたら。決してボブ・リー・スワガー、あの狙撃の名手にしてタフな元海兵隊員ではないと判っていても、気になって仕方がないだろう。



 舞台を日本に設定し、カブキチョー、シンジュクニチョウメ、ハナゾノジンジャといったなじみ深い日本の地に単身乗り込む主人公、スワガー。ショーグンと呼ばれる男、ショーグンに協力する近藤勇と名乗る殺し屋とその集団、巨大なヤクザの組織を向こうに回してカタナで勝負を挑む屈強な男。

 彼は父であるアール・スワガーが体験した太平洋戦争末期のイオージマ上陸作戦という悲惨な戦闘に端を発した、一本の「軍刀」の因縁を解決するそのためだけに、日本のことなど何も判らないレッドネック(アメリカ南部の農民を指す言葉)として、異国の地に乗り込んでゆく。

 主人公スワガーは、戦いに関しては徹底して現実的な男である。物事を熟慮し、注意深く観察し、静かに闘志を燃やし、立ちはだかる敵を倒してゆく。優秀な狙撃手で、屈折した過去を持つ。戦闘は得意だったが、女性に対しては相当年を食うまで性的不能者だった(あることを境にそうではなくなるが)。無口で、現在の妻と娘を愛しているが、戦いの必要に迫られたらなにも言わずに黙々と準備を始め、家を出て行き、やがて傷だらけになって帰ってくる。

 前半のスワガーは無様である。日本という国を全く知らず、日本語など片言も話せない。ブシドーやサムライやニホントウのことは知っているが、それは彼の地の人たちが通り一遍に得ている知識の域を出ない。ゲイシャ、ハラキリ、フジヤマ。

 カタナとサムライを知るために彼が取った行動、それは、怪しげな英語のブシドー解説書やケンドーの本。そして何ダースもの「サムライ」もののDVDを見続けることだった。トシロー・ミフネを偉大だと思い、宮本武蔵を知る。近藤勇もそこで知る。

 もちろん、そんな男一人で日本に乗り込んでも何もできはしない。優秀なアメリカ合衆国の「組織」がサポートにつくが、それもため息をつきながら、早くスワガーを本国に送還したくてたまらない美人役人とその部下たちというメンツだった。

 スワガーは日本でカタナの研究家、アメリカ国籍で日本の裏社会をネタにミニコミ誌を作る男、陸上自衛隊の志ある若者たちなどの助けを得ながら、あの軍刀にまつわる秘密を解き明かしていく。そこに浮かんできたのが、残忍きわまる惨殺と欲望のからくりだった。

 スワガーは無知なガイジンなりに、日本を理解してゆく。そして、剣術指南を受ける。ガイジンから見れば狂っているとしか思えないような教え方でスワガーを鍛える道場主、彼の「試験」をする剣士。ボロボロになりながら、スワガーは「剣」のなんたるかを学んでゆく。

 無様なスワガーが無様であるのは、それはかれがガイジンであり、日本の様式、思考、慣習を全く理解していないからだ。だから、変なガイジンが日本にかぶれて中途半端にカタナを振り回したがっているように見える。

 後半、事態は一気に展開する。腐れ外道を絵に描いたような893(本書ではそう表記されている)の近藤勇、その手下の若者、ショーグンと呼ばれる男たちの腐れ具合がさらに際だち、スワガーの冷静で思慮深い真実の姿が立ち現れてくる。時代と国を超えて結びつく友情、愛、信頼。もちろん、スワガーは勝利を手にしなければならない。妖刀村正を手に、正義をなすために、スワガーは前に進む。



 今回もやってくれました。スティーヴン・ハンターの面目躍如といったところ。映画評論家の彼が、ハリウッド映画に幻滅して、主人公ばりに膨大な「サムライ」もののDVDを見つつ築き上げた、ジャパニーズ・ソード・アクション。なかなかの面白さです。

四十七人目の男[下] (扶桑社ミステリー ハ 19-15) (扶桑社ミステリー)四十七人目の男[下] (扶桑社ミステリー ハ 19-15) (扶桑社ミステリー)
(2008/06/28)
スティーヴン・ハンター

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追記です(というかこっちが本音)

アマゾンの書評に指摘されているとおり、訳は下手。どうにかならんかと思いつつ読み進む感じです。だいたいここは校正段階でチェック入れてるのかという訳が多(ry

えっと、それはともかく、これはあくまでもガイジンによるガイジンのための娯楽小説です。だから日本人が読んで「なんだこれは」という描写はたくさんあります。藤沢周平と比較しても始まらないほどのギャップは確かにあるんですが、そこがまた面白いとも思うわけです。

作者であるハンターの創作態度には、オリエンタルな雰囲気の中、ガイジンの読み手(つまりアメリカの読者)がいかにスワガーになりきり、ジャパニーズ・ソードを使ったアクションに彼らを引き入れていくか、という構成戦略を駆使しているのがよく見えます。

それを理解したうえで(かなり序盤でその雰囲気が読めるのが幸い)、アメリカ人作家から見たアメリカ人のための武士道小説として読むことで、面白くなります。例えば斬り合いの場面や試し切りのシーンなど、グロテスクで、ドライな描写は、日本の時代劇作者だったらこうは書かないよなぁというくらい写実的で論理的です。

あと、新撰組を軸とした国粋主義者の思考、忠臣蔵というモチーフの用い方も、アメリカナイズされていて、こういう見方もあるのかと変な感心をしたりします。ショーグンの思想に比してその実体の小物ぶりとかは意外でした。

終盤のスワガーたちの戦いは、良い意味での大衆劇場演出でしょう。雪が降り、ライティングが凝った舞台のうえで剣客たちが刀を振るうそのシーンは、スナイパーがバックアップについたり、暗視装置が活躍したりと、ふつうの(よくわきまえた演出家による)剣劇なら絶対ないよなぁと言う戦術描写が面白いわけです。

異質な剣豪(か?)小説としてみれば、これは絶対日本人には書けないしろものです。この小説を映像化するとしたら、徹底的にリアルに、淡々と描写していくのが一番でしょう。派手なワイヤーアクションなど不要。そうであってこそ、無様なガイジンのスワガーが、最後の最後に極上のカタルシスを与えてくれると思います。

ついでを言えば、我が国での海外を題材にしたアクション小説も、向こうから見ればこんな感じなのかなぁと、少しばかり感慨にふけったりします。

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