2017-06

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

子猫を殺すことへの考え その2

 このエントリは子猫を殺すことへの考え その1の続きです。各引用文は全て前のエントリからの再掲です。

 前回は人間と猫が共生するために必要な「人間側の義務」とそれから発生する「猫の権利」について書きました。ここで言う「猫の権利」は「生きていく上で必要最低限の権利」とし考えました。そのなかで人間側の義務によって限定される「不必要な苦痛を受けない権利」があるのだ、と書きました。

 その権利は拡大解釈されてはならないと思います。つまり、「かわいそうなことはしてはいけない」ということのみで「あなたは猫の権利を奪っている」という解釈をしてはならないということです。

 なぜなら、「かわいそう」というのは私たち1人1人によりその基準が違う主観的な判断になるため、「不必要な苦痛を受けない権利」そのものが恣意的に、それこそその人の「想い」一つでどうとでも変わる不安定なものだからです。

 さらに、その猫の権利を個人の価値基準にのみ置いて考えるなら、下記のようなことを認めることになります:


 それでも、愛玩のために生き物を飼いたいならば、飼い主としては、自分のより納得できる道を選択するしかない。
私は自分の育ててきた猫の「生」の充実を選び、社会に対する責任として子殺しを選択した。


 ここで言われていることは一見正しいように思えますが、「自分の納得できる道」ということは、結局「自分の勝手な考えで行える」ことを認めることになります。

 これでいくなら、妊娠した猫の腹を蹴って流産させることも、餌を与えないで衰弱させて産ませないようにすることも、全て「自分が納得した道」ならばそれでよい、という結論になります。

 つまり、「愛玩動物として猫を所有しているならば所有者は猫に対して何をしても良い」という帰結になります。

 それはもちろん:

もちろん、それに伴う殺しの痛み、悲しみも引き受けてのことである。


 このようなエクスキューズを入れようとも事実は変わりません。それよりも、「自分の気持ちが納得するなら猫にどんなことそしてもよい」という主張に変化はありえません。

 私は、これは独善的な考え方だと思えます。

 なぜこのような独善が発生するかというと、作者は「猫と個人」の関係の中に、「社会」というものを(意図的にかどうかはわかりませんが)全く考慮していないからです。

 作者の考えでは猫は「自然」のものですから、人間社会とは何の関わりもない(むしろ無理矢理社会に取り込まれている抑圧された存在)です。そして作者自身は「自分がより納得できる道」という表現で考えています。

 猫が人間社会と共生関係にある、という視点が全く抜け落ちているため、私たち人間側に課される「義務」というものを考えることなく、自分の「思い通り」に猫を扱うのです。その扱いを倫理的に裏付けるものとして「自分の悲しみ」を持ち出していますが、これも「社会一般に通用する(認められる)ものかどうかは頓着していません。あくまでも「自分の悲しみ」にとどまります。

 ここで少し視点を変えます。

 虐待という言葉を良く聞きます。「しつけ」と称して子供にご飯を与えなかったり、激しい体罰を繰り返したり。もしくは生まれ落ちた子供をロッカーに捨てたり。

 これは許されることでしょうか?

 「自分の子供なんだから自分がどうしようと勝手だろう」という理屈が、通りますか?

 もちろん、猫と人間は違うと言うことは当然言えるのですが、筆者が猫を自由にして(放任)、子が生まれると投げ捨て(動物遺棄)、それを繰り返す(放任)という構造として同じではありませんか?

 動物だから、人間と違うから関係ない話だ、と言ってしまえば、私たちはあらゆる動物に対し行われる可能性のある行為に対して(たとえば殺そうが閉じこめようが切り刻もうが)何の抗議も行えないのではないでしょうか。

 ある動物虐待の定義を示します。

 「動物に、必要のない痛み、苦しみ、苦悩を意図的に与え、および/または死に至らしめる、社会的に受け入れがたい行動」

出典:子どもがどうぶつをいじめるとき 動物虐待の心理学 フランク・R・アシオーン著 横山章光訳 ビイング・ネット・プレス p77より引用


 ここで重要なのは「社会的に」というところです。牛や豚の屠殺、家畜の子の必要な間引きなどは、「経済動物」として必要な処置として社会的に同意されています(一部反対意見はあるでしょうが)。それとは別に、人間社会と共生している猫の場合も、社会的に同意を得られる形での「関わり」があり、その同意の範囲内で、私たちは猫という動物を扱うべきなのです。

 作者の視点には、繰り返しますが、そういう視点は全くありません。

 偽善的、独善的な、子猫殺しという行為があるだけではないでしょうか。

 (また長くなったので次回へ。つぎ、とりあえずまとめます)

● COMMENT FORM ●


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://straymind.blog66.fc2.com/tb.php/25-dd2eac28
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

プロフィール

straymind

Author:straymind

エントリ

カテゴリ

コメント

全記事表示

全ての記事を表示する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。