2017-06

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「感謝する」という神話

 これは ここがおかしいぞ「鏡の法則」! シリーズです。(いつからシリーズ化したのか?)

 B氏のコンサルティング(ってほどのもんでもないが)によりA子は心の鎖が解けたように感謝を始める。そのとたん子供のいじめがなくなるわけです。

 この点は「鏡の法則」のロジック?改変されたシンクロニシティで詳しく解説しました。

 A子がびーびー泣く場面に至るコンサルティングの手法に関しては、数々の優秀なブログが解析を加えているからそちらを見ていただくとして、ここではちょっと違う視点で「泣き」の場面を考えようと思います。

 これ、言ってみれば「近代学問」「合理主義」というクールで硬い、いわば男性的な感覚に対する反動と取れるんですね。

 この反動が結晶化したような言葉が「感謝」だと思えます。

 B氏がいみじくも言ってます。

A子「子どもがいじめられるということと、私の個人的なことが、なぜ関
係があるんですか?何か宗教じみた話に聞こえます。」

B氏「そう思われるのも、無理もないです。われわれは学校教育で、目に
見えるものを対象にした物質科学ばかりを教えられて育ちましたからね。
今、私が話していることは、心理学ではずいぶん前に発見された法則なん
です。昔から宗教で言われてきたことと同じようなものだと思ってもらっ
たらわかりやすいと思います。

「鏡の法則」

 物質科学=「近代学問」「合理主義」 ですね。

 その反対に位置するものが、B氏に言わせれば「心理学」であり「宗教」だと。

 その意味での「心理学」を使えば問題が解決するわけですが、そのキーポイントになるのが「感謝」。

 事実、「感謝」は物質科学とは相容れないものであるというイメージがありますね。

 でも実はこれまたユングがからむようなんです…。

 というか、ユング以降、1960年代に発達し始めた「トランスパーソナル心理学」の流れです。

 以下、私なりに調べたトランスパーソナル心理学の流れ。

*****

 トランスパーソナル心理学はアメリカで起こった「人間性心理学」から端を発した人間性の解放を目的とする考え方で、その後「カウンセリング」を創始したC.R.ロジャース、「自己実現の心理学」を考えたA.マズローの心理学が発達します。

 その当時のアメリカ社会情勢(反戦、ウーマンリブ)と相互に影響を与えつつ、トランスパーソナル心理学が生まれます。

 トランスパーソナル心理学の特徴は、語義どおり「パーソナルをトランスする」、つまり「個を超える」心理学ということです。

 この心理学では今まで個人主義的に存在していた「個々の人々」は合理主義の名の下に功利、利潤を追求することに偏重してしまい「宗教や共通する価値観を失ってしまった現代人」であるのだと考えます。

 その事実に対し、「再び個を水平的に広げ、垂直的に掘り下げ、つながろう」とする試み、といっていいでしょう。

 その点で、それまでの西洋心理学が合理主義的な考え方一辺倒だったのに対し、東洋思想(たとえば禅やチベット仏教)、呪術思想(たとえば北米インディアンや北方民族のシャーマニズム)を取り入れる方向で動きました。

 そこにユングの心理学はよく適合する方向性を持っていました。ユングは人間の心は「集合的無意識」という共通基盤を持つとしていますから。

 トランスパーソナル心理学はさらに、それらを頭で考えるだけでなく、体を使うということも重視しましたから、「気功」や「瞑想」などが大切な方法論として扱われたのです。

*****

 さて、話を「感謝」に戻すと、「鏡の法則」に出てくる「感謝」の逸話、これは確かに「良い話」です。万人が泣くのは無理でも、たくさんの人が感激するでしょう。

 しかも「泣かないやつは変じゃないか」くらいに普遍的な感情を「べたに」押し出しています。

 悪いニュースが目白押しで私たちが「感謝」「感激」「許し」という行為を希求しているこの時世、非常に受け入れられやすい物語ですね。

 これは、言ってみれば「感謝」「許し」の「神話」ととれます。

 ここで言う神話とは、「根源的な問いに答えるもの」という意味です。

 たとえばこういうこと。

 「私たちはなぜこの世に生まれ、何のために生きているの?」

 「なぜ人生には苦しみが伴うの」

 「死んだらどうなるの?」

 などなど。

 これに答えられるのは「科学」ではありません。「神話」としか言いようのないもの、私たちが「納得できる」答えとしての物語、すなわち「神話」です。

 こういう形の神話を、私たちが希求しているのは事実です。
 
 A子の「悩み」は、実は「科学では答えられない」悩みなのです。

 それに答えを出すのが神話つまり「鏡の法則」のような、「泣けて納得できる」お話なんだと思います。

 ここまでは、まぁ、私も納得します。

 「ええ話や。うんうん」

 しかし、なにか語り口が変だと感じるのです。

 そこから、「この文章のどこがおかしいんだろう?」という疑問がわき、自分なりに考え始めると、いくつも妙な点が上がってくるのですね。

 そうすると次は、なんで作者はこんな妙な考え方を仕込んだんだろう? って思う。

 そして、その裏に何らかうさんくさい動機が隠されているんじゃないか? と疑う人も少数ながらいるわけです。

 私はそういう少数派のほうに入るんでしょうが、ま、それでいいと思ってます。

 なぜかというと、ここが重要なんですが、トランスパーソナル心理学を基調とする考え方は、神話を重視します。というか、ひとりひとりの心の中に飛び込み、「神話を与える」技術をもっているのです。つまり、神話を通じて人の心を自在に導ける技術を持っているからです。

 だから、一見いい話でも疑ってかかる必要があると思っているのです。

 「神話の名を借りた罠」かもしれないですからね。

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