2017-06

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先読み貧乏と言う言葉に思う

 ああ、わかるわかる。で終わっちゃいそうなんですが、ちょっと待てよと、あえて突っ込みたい。

 じゃあ、この「先読み貧乏」さんって何だろうと・・・。たぶん大学院生のモラトリアムに気分は近いと思うんですけど、ある物事が起きると、どんどん先を考えてしまって、結局、動けなくなっちゃう人なんですよ。

 情報はあるんです。それで、自分の持っている溢れる知識で普段からいろいろ考えてはいるんですよ。ただ、その知性、豊富な知識で、自分は何を獲得するかを断言できるまでには至っていない。それで、「ああ、自分にはまだまだ知識は足りないんだ」と思ってしまいさらに先読みを続けてるんです。

 それでいつか、「あれはもう古い」とか「もう終わったね」と自分で判断を下してしまう。それで、気が付くと、時間だけが過ぎている、と・・・。

「私は器用貧乏ではなく、先読み貧乏なんです」というメールが来たんだ。先読み貧乏ってナンダ?
イトイさんに聞く「Web2.0」(その3)


 こういう気持ちになることはあった。ある物事に関して考えるんだけど体が動かない。自分で考えをつらつらと重ねていき、そのどれもに自分で納得してしまい、自分で萎えていくような感じか。

 一番目にいえることは、暇だったんだなぁと。考える時間はいっぱいあった。第二に、出来事はあっても動くべき動機がなかった。周りの環境が平穏に思えたし、怒りを抱くような対象もなかった。ゆったりとした思考で時間が流れていくなか、考えだけは刻々と広がり、やがて収拾がつかなくなって白ける。

 先読み貧乏でいることって不幸だと思う。ムーミン童話に出てくる哲学者のように、「無駄じゃ無駄じゃ」で終わってしまうのは、本人的にはそのときそれでもいいだろうが、振り返れば不幸だろう。

 先読み貧乏ってのは実は先を読んでるんじゃなく、その場その場の考えが移ろって行くのをただ眺めているだけのさめた状態なんじゃなかろうか。

 先読み貧乏と言う言葉は、だから、反面とても良い言葉だと思える。「ああ、自分は先読み貧乏なんだ」と言語化できるなら、そこから動ける可能性が自分にはあると分かってるってことだ。

 今東光和尚が「ぼやぼやしてるんじゃねぇ!」と喝を入れる場面を思い出した。分厚いメガネの奥で光るつぶらな瞳。

 そういえば和尚が良く使う言葉に「遊戯三昧」(ゆげざんまい)があった。先読み貧乏の対極だろう。

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