2017-09

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値段をみて驚く春

久々の穏やかな休日、空は晴れ渡りお山は美しい。残雪を頂いた北アルプスの峰が、春霞のなかにほんのりと浮かんでいる。この山脈の向こう、海を隔てた独裁国からロケットが発射されたとは信じがたいほどの、穏やかな風景だった。

南の方からちらほらと、花の便りが届いている。こちらは連翹(レンギョウ)が黄色く色づき始めた。しかしまだ桜の蕾は堅い。日差しだけが、春の訪れを告げている。

陽気に誘われるように、物欲の虫が動き出す。空いた時間を利用して、アウトドア用品店を何軒か廻った。とはいっても、ライトなキャンプ用品を季節に合わせて販売するような一般スポーツ店ではなく、登山・クライミングギアを豊富に扱う専門店ばかり。幸い、すべての店が車で2,3時間移動をかければ廻れる範囲にあるから、昼飯を食べがてらドライブするのにも好都合だ。

なじみの店員さんと軽く雑談したり、ギアをしげしげと眺めたり、新作ウエァを(買う気もないのに)試着したりするのは楽しい。お目当ては秋冬もののソフトシェルか中綿が化繊のミドルウェア。冬物はアウトレットを狙うのが良い。中綿がダウンのものは、水に弱いしメンテが大変なので、あえて避ける。

最後の店でお目当てのものがあった。しかもミドルにもアウターにも使える薄手ソフトシェルと、化繊中綿の超軽量パーカーが、揃って特価で売り出されているではないか。まだこれから梅雨までの冷え込み対策にも使えるし、サイズもちょうど良い。早速手にとってレジに進む途中で目に付いたのが、エントリ末尾に載せた写真のクイックドローだった。

いい。欲しい。軽いし機能的だし。しかし値段を見て驚いた。普通のものなら1セット2,000円(カンプとか)から3,000円(ブラックダイヤモンドとかワイルドカントリーのノーマルクラスとか)程度で買えるのだが、これは5,000円以上する。通常、クイックドローは10セット程度買いそろえるから、全部買ったらたいした出費になる。

今使っているのは、ゲート部分に刻み(この仕組みはポピュラーなものだけど)があって、いささか不便を感じる。ハーネスから外すときに引っかかり気味になるのと、プロテクションから外すときにそれがまた引っかかって、とくにハングの壁だとロープがテンション気味になるので、外すのに四苦八苦することがある。降りるときはまだ良いが、プロテクションに引っかけるときにもたつくのは、焦ったりパニクったりしていると、落ちることに繋がりかねない。
(もっとも、登攀技術を磨いていけばいいのですけど、未熟者ほどなにかとギアに頼ると言うじゃないですか)

ともかく、ペツルのも良かったけど、これのほうがいいなぁ。いつか買おう。

クイックドロー
(c)DMM

敵役がいるという幸せ

フロスト気質 上 (創元推理文庫 M ウ)フロスト気質 上 (創元推理文庫 M ウ)
(2008/07)
R.D. ウィングフィールド

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東京創元社 フロスト気質(かたぎ) R・D・ウィングフィールド/芹澤恵訳 書籍解説

警察小説として絶大な人気を誇るシリーズ最新刊です。詳しい解説は上記リンクで言い尽くされているので、まずはそちらを読んでください。

さてそのうえで。

自己責任という言葉がありますが、警察機構において捜査指揮権を有するフロスト警部は、その責任において、次々と発生する事件を解決して行かなくてはなりません。人質となった子供の命の確保、変死体発見後の捜査、狂言じみた誘拐の真相解明、子供を狙う変質者の取り調べなど。それらすべてが、小説冒頭で、休暇中の身でありながら、マレット署長の上等なタバコをくすねるために立ち寄った夜のデントン警察署という地点から、パンドラの箱を開けはなったかのように、フロスト警部に襲いかかります。

フロスト警部の上司であるマレット署長以下、捜査指揮件を有する幹部クラスは、悉く、出世欲と見栄に支配された俗物として描かれます。厄介な局面をかぎつけるとフロストに押しつけ、利益と見ると手柄を我がものにし、失点はすべてフロスト警部に押しつけるのです。つまり、フロストは警察組織の中で、上層部から孤立し、一人の責任で事件を解決していかなければならない立場にあります。

人員不足のなか、次々と降りかかるトラブルに対して、フロスト警部は猛烈に立ち向かいます。しかしそれは、冷静なヒーローの体力と知力に恵まれていない、ある意味これもまた俗物なフロスト警部にとっては、傍目にも、荷が重すぎる出来事の連続です。

ほとんど不眠不休で捜査を進めるフロスト警部は、上司たちの保身と出世欲を一身に背負いつつ、愚痴をこぼし、思いつきで捜索隊を立ち上げ、その捜査の当てが外れてしょげまくり、また奮起して次の手を打っていきます。そしてうまく行きそうになると、鳶にあぶらげをさらわれる形で、手柄は他人に持って行かれます。

彼の支えは、デントン警察署の刑事クラスや巡査クラスの人たちです。手当たり次第に捜査をかけまくるフロスト警部に、ほとんど愚痴をこぼさず付いていきます。彼らはフロスト警部が好きなのです。それ以上にマレット署長をバカにして煙たがってはいますが。

今回の紅一点、魅力的な素質を持ちつつ仕事の意欲と出世願望がそれを隠してしまっている「ワンダーウーマン」リズ・モードは、当初フロストを毛嫌いします。それはマレット警視がもつ欲望と同一線上にあるのですが、下品な性的ジョークを発し続けるフロストへの嫌悪、あまりにも適当に事務処理を片付けるフロストへの軽蔑、その薄汚いとも思える風体への反発にも根ざしています。しかし、事件が進んで行くにつれ、フロストとリズの距離は心なしか縮まっていきます。フロストの指揮下で、率直に、事件を解決していこうという方向に、彼女の内面は変わっていくのです。

デントン警察署の刑事たちとリズは、フロストの熱意と魅力に、少しずつ好意を寄せていきます。フロスト警部とほかの上級職員やマレット署長の対比と重なりつつ、読む者も彼らやリズのように、フロスト警部に惹かれていくのです。

なぜ惹かれるのか、それは敢えて伏せておきます。上下2巻の長い長い小説です。そのほとんどが、ろくにベッドにも入れず駆け回る羽目になる事件展開、フロストと上司の対決、行き詰まる捜査とその挫折、フロストと確執のある警部代理との諍いとで費やされますから、読むほうも不眠不休の気分を味わいます。

そして。終盤に向けて事態は一気に動きます。フロストは、最後の最後まで、自分の主義を貫きます。そして、「クソが付くほど厄介でいまいましい事件」の数々に、フロストは一気にケリをつけます。

あと2作。作者は亡くなり、フロストの活躍は2作が未訳で残っています。今度はどんなやりかたで、さまざまな「クソ」にケリを付けてくれるのか。待ち遠しい限りです。

愛しき日常世界

忙しさを通り越して、私は今何をやっているんだろうと、不意に頭の中が白くなる瞬間がある。つい先日までそうだった。習慣化しているはてブチェックとRSSチェックの時間だけが息抜きだった。それにしたって、意識の半分以上は仕事のことで埋まっている。癖になっている行動だから、ちょっとした時間の隙間にネットを覗くことは負担にならないのだが、何かを考えて書く事など、到底できない心理状態になる。

そういうなかでネットから自分の問題意識に引っかかった出来事はいくつもある。それらは頭の片隅の「いつか書く」の小箱にしまい込みつつ、また仕事に向かう。

いずれ話題にしようと思うのだが、キャンベルの「千の顔を持つ英雄」やそれをもとにした「神話の法則」など「物語」のバックボーン理論は、私の中でつねに「いつか書く」小箱の一番大きな課題になっている。簡単に言えば、神話世界の普遍的物語構造への考察だ。

(この一文を書いている間にも、すでに3回事務連絡が入り中座した(笑))

で、それはすべての「ストーリーテラー」に役立つことでもあるのだが、さらに、人の一生をストーリーと捉えた場合、そのすべての人生に関わるメカニズムでもある。こう書くと宿命論とか機械論めいて見えるが、そうでなく、ダイナミックに変転する私たちの「運命」そのものが、ひとつの「物語」であるという認識である。

「いつか書く」の小箱に眠っている、いくつもの物語たち。あるものは吟遊詩人のファンタジーであり、あるものは無慈悲な宿命への抗いであり、またあるものはブログのエントリであるが、それらはひとつの基盤に依っているものだ。

ストーリーテリングのプラクティカル・ガイドによれば、すべてのストーリーテラーは、その物語を生み出すとき、深刻な内面の葛藤を抱えている。その葛藤が「人生」への洞察となり、物語へと昇華する。生活のエネルギーを削り取るような人生における苦しみは、ストーリーテラーにとって、人生を語る豊饒なる源泉であるという、矛盾してはいるが厳然とした真実がある。

オーディナリー・ワールド。

出発地点は、日常世界である。そこに亀裂が入るとき、旅が始まる。少しずつ、その裂け目に垣間見える、非日常世界に、ヒーローは踏み込むことになる。しかしそれは、たいてい抵抗される。ヒーロー自身によって。

にんげん Ver.1.04

人に向かわず天に向かえ (小学館101新書 18) (小学館101新書)人に向かわず天に向かえ (小学館101新書 18) (小学館101新書)
(2009/02/03)
篠浦 伸禎

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不思議だと思うのは、今の世の中と、例えば戦中戦後の貧困な時代(私は生まれてもいないけど)を比べてみて、もしくは戦国時代のそれと比して。生きることに難しく死ぬことに容易いという点でかの時代には命の軽さと死の身近さは格段とあったろうということ。

なのに今、私たちはおそらくいつの時代にも劣らず、生きることを容易いことだとは思っていないし、死は身近なものだと思っている。

キレる人、鬱の激増、衝動的な殺人、自殺。人間が持つストレス耐性や自制心や良識と言った、私たちが社会生活を営む上で求められる心のバランス、その心の死とも言える状態は、私たちの周りに立ちこめている。それは、心の死であると同時に、動物的な生存本能がむき出しになった状態でもある。己の身を守るため、状況により、心を閉ざし、状況によっては、発作的に牙をむく。目の前の快楽にとびつき、自己保身のための嘘をつく。

それが何故なのか。この本では、それは人間を人間たらしめる大脳の機能的問題であるとする。なんらかの環境要因により、進化に伴う構造背景にある脳における機能分担のバランス不全が、動物的な反応を引き起こしているというのだ。

簡単に言えば、情動を司り多義的価値観を許容する「右脳」と、論理を司り一義的価値観を許容する「左脳」、そして本能的な生存欲を駆り立てる「動物脳」という地層的かつ進化論的構成の、何らかの原因によるバランス崩壊が、個人としての不安を招き、ひいてはそれが鬱や自殺、統合失調と結びつくのだと言うことらしい(あ、簡単に言ってないですね)。

ここまでは大脳の科学的な解説であるが、本書のメインテーマは、この先にある。

本書には「人間学」という言葉が出てくる。人間学とは、人間とは何であり人間はいかに生きていくのかという哲学的な考察を通しての人間理解への試みである。古来から、論語に代表される中国古典があったが、それをその時代に置き換えて読み、その精神を実践して行こうとする思想である。

人間学は中国だけのものではない。ギリシャ・ローマ時代の箴言もそうだし、スマイルズ、カーネギー、バーク、トクヴィルなどの啓蒙家、思想家もいる。経営の神様と呼ばれた松下幸之助も人間学を説いた。本書では神渡良平氏の著書「安岡正篤 人間学」を例に取っている。

心を病む患者、例えば鬱の人に、「人間学」の本を渡すと、それを読み、それにより鬱症状が改善されるという傾向に、著者は気づいた。それが何故なのか。その理由を大脳の機能に依拠して解明しようとしたのが、本書である。

その理由の真相は「人間学」の背景にある古典の知恵の効能に繋がる。苦しい時代を、極度のストレスを抱えながら生き抜いてきた先達の、苦渋から絞り出されたような人間理解と、その苦しい中にありいかに人間として生きていくのかという思想。思想という言葉が重ければ、生きていく知恵。これらを見いだしたとき、鬱の人の心がほどけてゆく。それは大脳の機能にも反映されてゆく。右脳と左脳の血流量、酸素飽和濃度にその変化がデータとして表れる。

本書では、その変化のキーワードを「公(おおやけ)」と「志(こころざし)」として提示する。



私たちの個人生活ではぴんと来ないかも知れない。公と志の具体例を挙げてみよう。

世に、経営者ほどストレスのかかる仕事はないとも言われる。「羽振りの良い社長さん」のイメージとは裏腹に、借金返済に悩み、売上に悩み、銀行からの融資条件に悩み、社員に悩み、取引先に悩み、景気に悩み、ライバルに悩み、ああ、もうどれだけ悩んで良いのやら、というほど悩みは多い。

社長業は、失敗すれば無一文である。事業の借金に個人資産を担保に入れるから、借金が返せなくなれば悲惨だ。債権者の取り立て、従業員の給与保証協議など胃に穴が開くような辛酸が待っている。

そのような、板子一枚下は地獄かも知れない企業において、社長の生存意欲を支えるのは何であろうか。私利私欲という欲もあるかも知れないが、多くの場合、経営理念に「公(おおやけ)」を強く意識して行くことである。それを具現化させる「志(こころざし)」を立てる事である。

順調なときは黙っていても儲かるのだから関係ないかも知れない。しかし、いざ不況・減収減益となったとき、つまり、会社として極度のストレスを被る状態が続いたときにどうなるだろうか。

人事を尽くして天命を待つという言葉があるが、社長業は「公のために人事を尽くして天に向かう」という姿勢が求められる。そして事実、厳しい時代において、そういう経営理念を打ち立てて業績回復、業績維持を図っている会社は多い。

逆に、そういう理念を持てなかったらどうなるか。結果として、偽装表示や手抜きや場当たり的な値引きなど、「動物的」反応で身を守ろうとする。

そうならないために、志を求めて経営する人間は、知識体系の経済学を知ることと同時に、人間学であるところの経営の知恵を求めて、人間学と称される古典の森に踏み込む時間を割いている。

「私企業」と「個人」も、「私(わたくし)」という点では同じである。そして、「公」と「志」という点も非常に類似している。

夜も眠れないほどの悩み・苦しみを抱え、その辛苦が脳の活動を低下させ、人間の、人間として生きていく上での必須機能である大脳新皮質つまり「右脳」と「左脳」のバランスを狂わせ、大脳辺縁系つまり「動物脳」としての本能のみに突き動かされたとき、人は人であることを止めるのかも知れない。

人が人であるために、何をなせばよいのか。

「公」に目を向けることである。そして「志」をもつことである。

そのための指針が、本書にはあると思う。



論語に始まり、松下幸之助まで。優れた先達は人に向かわず、天に向かって行動した。本書に言及されている安岡正篤(やすおかまさひろ)の言葉に、こうある。

「われわれの命をよく運命たらしめるか、宿命に堕させしむるかということは、その人の学問修養次第である。これが命を知る<知命>、命を立てる<立命>のゆえんである。人間は学問修養しないと、宿命論的存在、つまり動物的、機械的存在になってしまう。よく学問を修養すると、自分で自分の運命を作ってゆくことができる」(安岡正篤 人間学)

ここでの学問は西洋の学問(知識)のみならず東洋の学問(知恵)としている。それは、左脳(論理と一神教)と対置される右脳(情緒と多神教)の対比とも通底する。



「人の心はその人を作りもし、また、壊しもする。」

カタナとガイジンとトシロー・ミフネ

四十七人目の男[上] (扶桑社ミステリー ハ 19-14) (扶桑社ミステリー)四十七人目の男[上] (扶桑社ミステリー ハ 19-14) (扶桑社ミステリー)
(2008/06/28)
スティーヴン・ハンター

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 新宿駅西口を出て右に折れると、思い出横町がある。出張の折、ヤキトリの煙と多国籍の喧噪に浸りながら、鰻の寝床のようなカウンターに割り込み、ビールとヤキトリの盛り合わせを楽しむのが習慣化している。もしそこに、齢60、眼光鋭い痩身のガイジンが居たら。もしそのガイジンが、タイトすぎるブルージーンズを履いて、夏物のジャケットを羽織っていたら。決してボブ・リー・スワガー、あの狙撃の名手にしてタフな元海兵隊員ではないと判っていても、気になって仕方がないだろう。



 舞台を日本に設定し、カブキチョー、シンジュクニチョウメ、ハナゾノジンジャといったなじみ深い日本の地に単身乗り込む主人公、スワガー。ショーグンと呼ばれる男、ショーグンに協力する近藤勇と名乗る殺し屋とその集団、巨大なヤクザの組織を向こうに回してカタナで勝負を挑む屈強な男。

 彼は父であるアール・スワガーが体験した太平洋戦争末期のイオージマ上陸作戦という悲惨な戦闘に端を発した、一本の「軍刀」の因縁を解決するそのためだけに、日本のことなど何も判らないレッドネック(アメリカ南部の農民を指す言葉)として、異国の地に乗り込んでゆく。

 主人公スワガーは、戦いに関しては徹底して現実的な男である。物事を熟慮し、注意深く観察し、静かに闘志を燃やし、立ちはだかる敵を倒してゆく。優秀な狙撃手で、屈折した過去を持つ。戦闘は得意だったが、女性に対しては相当年を食うまで性的不能者だった(あることを境にそうではなくなるが)。無口で、現在の妻と娘を愛しているが、戦いの必要に迫られたらなにも言わずに黙々と準備を始め、家を出て行き、やがて傷だらけになって帰ってくる。

 前半のスワガーは無様である。日本という国を全く知らず、日本語など片言も話せない。ブシドーやサムライやニホントウのことは知っているが、それは彼の地の人たちが通り一遍に得ている知識の域を出ない。ゲイシャ、ハラキリ、フジヤマ。

 カタナとサムライを知るために彼が取った行動、それは、怪しげな英語のブシドー解説書やケンドーの本。そして何ダースもの「サムライ」もののDVDを見続けることだった。トシロー・ミフネを偉大だと思い、宮本武蔵を知る。近藤勇もそこで知る。

 もちろん、そんな男一人で日本に乗り込んでも何もできはしない。優秀なアメリカ合衆国の「組織」がサポートにつくが、それもため息をつきながら、早くスワガーを本国に送還したくてたまらない美人役人とその部下たちというメンツだった。

 スワガーは日本でカタナの研究家、アメリカ国籍で日本の裏社会をネタにミニコミ誌を作る男、陸上自衛隊の志ある若者たちなどの助けを得ながら、あの軍刀にまつわる秘密を解き明かしていく。そこに浮かんできたのが、残忍きわまる惨殺と欲望のからくりだった。

 スワガーは無知なガイジンなりに、日本を理解してゆく。そして、剣術指南を受ける。ガイジンから見れば狂っているとしか思えないような教え方でスワガーを鍛える道場主、彼の「試験」をする剣士。ボロボロになりながら、スワガーは「剣」のなんたるかを学んでゆく。

 無様なスワガーが無様であるのは、それはかれがガイジンであり、日本の様式、思考、慣習を全く理解していないからだ。だから、変なガイジンが日本にかぶれて中途半端にカタナを振り回したがっているように見える。

 後半、事態は一気に展開する。腐れ外道を絵に描いたような893(本書ではそう表記されている)の近藤勇、その手下の若者、ショーグンと呼ばれる男たちの腐れ具合がさらに際だち、スワガーの冷静で思慮深い真実の姿が立ち現れてくる。時代と国を超えて結びつく友情、愛、信頼。もちろん、スワガーは勝利を手にしなければならない。妖刀村正を手に、正義をなすために、スワガーは前に進む。



 今回もやってくれました。スティーヴン・ハンターの面目躍如といったところ。映画評論家の彼が、ハリウッド映画に幻滅して、主人公ばりに膨大な「サムライ」もののDVDを見つつ築き上げた、ジャパニーズ・ソード・アクション。なかなかの面白さです。

四十七人目の男[下] (扶桑社ミステリー ハ 19-15) (扶桑社ミステリー)四十七人目の男[下] (扶桑社ミステリー ハ 19-15) (扶桑社ミステリー)
(2008/06/28)
スティーヴン・ハンター

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雪行

 空が白みはじめるまでまだ暫くかかる。部屋の中は冷たく静まりかえり、外の世界が無くなったかのようだ。こういうときは悪天候だとわかる。降りしきる雪が音を吸収してしまうからだ。窓を吹き抜ける口笛のような音が聞こえないのが救いだろう。風はない。ということは、吹雪で視界を奪われる可能性が無いということだ。いまのところ、それは吉報だろう。窓のカーテンを少し開けると、案の定、一面の銀世界だった。

 冷えた部屋の中で就寝用のアンダーウエアを脱ぎ、たたんでおいた新しいファインウールのアンダーウエアを手早く着込む。その数秒の間でさえ、露出し外気に晒された肌は鳥肌が立ち、体幹の筋肉が反射的にこわばる。薄手のダウンコートを羽織り、ソックスを履き、冷たい板張りの廊下をつま先立ちで歩く。もちろん手探りだが、勝手知った場所だ。

 ストーブのあるキッチンまでたどり着くと、終夜点けておいたヒーターの柔らかい暖気に包まれる。ヒーターのスイッチを切り、灯油ストーブに点火する。コーヒーメーカーをセットし、スイッチを入れる。マグカップを用意し、隣の部屋に移動する。

 部屋の隅に置いてあるダッフルバッグを持ち出し、テーブルに載せる。防水透湿加工を施した中綿入り登山用グローブ、同じ素材のアルパインキャップ、オーバーオールのような形をして腰を冷えから守るように作られた、動きやすいサスペンダー付きのマウンテンビブ、防寒性能の高い高機能素材で固められた中綿入りシェルを次々と広げる。グローブとシェルは長年使っているもので、特にグローブの手のひら部分に張られている革はすり切れているが、構造的な破綻はない。

 ダウンコートを脱ぎ、中厚手のタイツを履き、マウンテンビブをさらに履く。ウェスト部分を調整しつつ、外気温と天候を勘案して、もう一枚ミドルウエアを重ね着するかどうか、少し迷う。おそらく、運動量が多いから、暑くなるだろう。汗をかいた後の冷え込みだけは避けたいところだ。アウターシェルを信頼して、ミドルウエアは着込まない事にした。

 キッチンから、珈琲の淹れ上がったコポコポという音がする。いったん作業を中止し、出来たての珈琲の香りが満ちるキッチンで、立ったままマグカップに珈琲を注ぐ。残りはステンレスの保温瓶に移し替え、テーブルの上に置いておく。珈琲を何口かすするうちに、ようやく、身体の中が暖まり、目が覚めてきた感覚を味わえる。人心地がついたところで、マグカップを置き、作業に戻る。

 アウターシェルを取り上げ、着込む。シェルのジッパーを閉じ、さらにホックでつなぎ目を塞ぐ。腕の半ばまである長いグローブをその上から装着し、肘の部分で紐を止める。これは途中、何らかの理由でグローブを外さざるを得なくなったときの紛失防止に備えてであり、癖になっている。マウンテンキャップを手に取り、耳おおいの部分を持って被る。顎の部分のドローコードを緩めに絞る。

 マウンテンキャップのうえから、ハロゲンのヘッドランプを装着する。位置を調節し、そのレンズが隠れないように、シェルのフードを被る。ジッパーを顎まで引き上げ、風雪が入り込まないようにフードのドローコードを引き絞る。

 通用口の土間に行く。雪が積もりはじめているだろうから、スパッツを使用するタイプの通常のトレイルブーツではなく、防寒性能の高いロングブーツを選んで履く。マウンテンビブの中裾をブーツの中にたくし込み、アウター部分を外側に回して裾のサイドをジップアップする。これで雪は入ってこない。

 壁に掛けてあるスワミベルトを腰の部分に巻き付ける。これは本格的なハーネスとは違い、滑落しそうなところで簡易的にロープで身体を支えるためのベルトだが、十分な強度はある。滑落してぶら下がるようなところへ行くわけではない。

 スワミベルトの正面についているループに、カラビナを通す。これも、現状の使い方ではロック付きでなくてもかまわない。

 ノルディックウォーキング用のポールを2本取り出し、石突き部分のゴムを外し、鋭利な金属の先端を露出させる。アイスバーンでの滑り止め対策になる。ハンドストラップを緩め、グローブで膨らんだ両手を通し、ぶら下げたまま通用口を開ける。

 雪が吹き込んできた。空はまだ暗く、光が漏れる戸口の周囲で、虚空から飛び込んでくる雪の粒子が乱舞する。幸い、雪はまだ足首を埋める程度だ。しかし、このまま降り続けば、すぐに脛を埋めることになるだろう。ヘッドランプのスイッチを入れ、光量を調節する。目の前に、円錐形の白い雪の軌跡がめまぐるしく動く。

 少し離れた場所で、がちゃがちゃと鎖を引っ張る音がした。雪のせいでくぐもった響きだ。

「くうん」

 甘えた声がした。もう察しているらしい。壁に掛かっているリードを手に取り、握りのループを腰のカラビナにかける。反対側の端を持ち、雪の中に歩み出る。

 黒い大きな犬が、雪の中ではしゃいでいた。激しく尻尾を振り、耳を伏せ、いかにも嬉しそうな表情で腰を落としながら私にまつわりつく。いつだったか、近所の子供が、この犬のことをラップランド犬だと言った。本当は由緒ある雑種なのだが、毛並みがそう見えるのかも知れない。もっとも、ラップランド犬というものが本当にいるのかどうか知らないのだが。

 仮称ラップランド犬を繋いでいる鎖を外し、リードに付け替える。とたんにぐうっと腰を引っ張られる。私が小さく舌打ちすると、犬はすまなそうにこちらを振り返って、少し歩を緩める。

 私たちは降りしきる雪の中を歩き出した。空はまだ暗く。犬の吐く息と、降りしきる雪。これから、吹きさらしの平原に向けて、歩いていく。片道30分の散歩。

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