2017-10

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ひぐれよりみちいそぎあし

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今年一年の登り納めをした。写真は河原のボルダー横で撮ったもので、そこらに落ちている流木や枯れ葉と、持参した薪を混ぜて火を熾しているところ。好天に恵まれたのは良かったが、吹きさらしの場所だった。かじかんだ手を携行型薪ストーブにかざして暖を取る。

冬の季節は日本酒がよく似合う。というか、一口飲んだアルコールは身体を温めてはすぐに消えてしまい、酔っぱらうという感覚にならない。煙突から立ちのぼる煙の香りと酒精の香りが相まって、ボルダリングをやるどころではない。気持ちが良すぎて、だらだらと時を過ごす。

山間部の日暮れは早く、午後三時を回ると気温が下がるとともに日差しが弱くなる。帰りのことを考えて薪ストーブの火力を弱めるために、熾火を火消し壺に詰め込んで消火する。グループの中心に火が無くなると、みんなそわそわと自分のことをし始める。やはり暖かい場所は人を繋ぐのだろう。

ある程度歳が行ってから新たな趣味をはじめると、いろんな事がわかる。それまでの人生経験(というほど大げさなものではないけれど)と、学びつつある趣味の世界を重ね合わせていけるようなところがある。フリークライミングやロッククライミング、ボルダリングというのも、本当にいろいろなことを考えさせてくれる材料だった。

来年はもっとうえを目指すと言うことで、クライミングはさらに続く。

ちょっとした名文を紹介します。

垂直に登る、垂直を知る

英語のオリジナル文章はこちら。

Getting Vertical

ホムンクルスと石ころ

できそこないの男たち (光文社新書 371)できそこないの男たち (光文社新書 371)
(2008/10/17)
福岡伸一

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科学者が書く不思議な物語である。手作りの顕微鏡を覗く好事家は、その目に映る精子のなかに小人を見た。ホムンクルスだ。神の視点で見れば、その小人たちは色分けされている。赤と青に分かれた精子は雄と雌を決定すべく必死に、卵子に向かい泳ぐ。

小さな昆虫を解剖し続ける女性科学者が見たものは、分裂しコピーされる、赤く染まった小さな物体だった。染色体と名付けられたそれらのなかにある、一つの「小さく半端な」ものが、生物の将来を決定する。性染色体である。

30億のコードに、たった一つはめ込まれたトリガー。それが、発生しつつある「雌」の流れを変えよと命じる。その命令により引き起こされる連鎖反応が、「雄」を創っていく。目に見えぬ「流れ」が私たちの運命を決定づける。生物は雌として始まり、そのトリガーが引かれない限り、雌となる。

印象深いのが、雄となる引き金遺伝子の発動と、それに続く連鎖だ。カスケードと呼ばれる反応は、膨大な情報を所蔵する染色体のあちこちで、反応し、その反応がまた新たな反応を呼び、雄を「創って」行く。

マッチョな男も、ひ弱な男も、男であると言うことは、たった一つの遺伝子が起動した結果である。

人ひとりの人生を川の流れに例える歌がある。人に運命というものが実際にあるとすれば、それは、大河のように緩やかなものではないと思える。私たちは、予定された河口へと、ただ、何事もなく流されて終わるのではない。

一本の河は沢山の河と合流する。それを「世界」と表現するならば、それは、沢山の河が集合しせめぎ合いつつ生起する反応の連鎖、連鎖の集積、集積のうねりなのではなかろうか。その大河となった流れが今現在の世界だとすれば、そして、元々一本の河だったものが、合流しても元の河であり続けつつ、大河のうねりに飲まれ、波に巻き込まれ、ちりぢりになりそうなまま、なお一つの、一人の、細い河としてあり続けるとするなら、そうしているものは何か。なにが私たち一人一人を、一人一人たらしめているのか。著者の前著を思い起こす。

人の運命と生物の雄雌の決定に相違があるとすれば、生物のそれは減数分裂した染色体が、性染色体(X染色体とY染色体)のどちらを持つか、あのホムンクルスがその小さな手にどちらの染色体を握っているかにかかっているという確率的なものだ。では我々が感じる「運命」はどうか。幸運であり不運であるのは、その何か一つのきっかけ、人の一生という一本の河に投げ込まれた小石がなんであるか、あらかじめ分かってはいないということだ。

流れゆく先に何があるのか、私たちには予想できない。何が何処で投げ込まれるのか、誰にも分からない。分かっているのは、その波紋が、一つの反応を生み出し、その反応がまた何かの反応を生み出すという、カスケードが「ある」と言うことだけだ。遠く、大河の向こう岸で起きた波紋が、いずれ私たちの身近に、思いも寄らぬ形で、押し寄せる。なかには、引きちぎられるものもあるだろう。

大河はカスケードの集積を飲み込みつつ、うねりとなって流れ続ける。そのうねりにもまれ、男と女が出会う。ホムンクルスの握った鍵により、男に「なってしまった」男たち。女性という「真っ当な」存在を見上げるホムンクルス。

大河とは、実は「女」なのではないか。「男」はそこで跳ねる魚か。いや、ひょっとして、岸辺に佇み、世界のカスケードを引き起こすことが、役割なのか。

つきいちのべんえい

すこし忙しがっている間にスポンサーサイトのエントリが投入された。おや。もうこんな時間か。急がなくっちゃ。パーティーに間に合わないや…。

相変わらずこういう仕様にはいらっと来るが、最近少し慣れたみたいだ。思えばリアルで月1連載を続けていた頃は、月末になるとメールが来て「書いてくださいね。はあと」という文言を見る度に同様の感覚を覚えていたものだ。現在はそういう定期的な仕事(あくまでもサブですが)から手を引いたが、違う方面で締め切りのある仕事でいろいろと書かされている。

ああ、もう水曜日か。あれとこれと資料を取りそろえて、まとめなくっちゃ。お茶会に間に合わないや…。

生きる荒野

火を熾す (柴田元幸翻訳叢書) (SWITCH LIBRARY 柴田元幸翻訳叢書)火を熾す (柴田元幸翻訳叢書) (SWITCH LIBRARY 柴田元幸翻訳叢書)
(2008/09/10)
ジャック・ロンドン/柴田元幸 訳

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出張の帰り、時間があったので新宿紀伊国屋に立ち寄った。新刊コーナーで平積みになっていたのを手に取り、ぴんと来たので購入する。

弱冠40歳で亡くなったジャック・ロンドンの短編集。代表作とされる『野生の呼び声』は昔読んだ記憶があるのだが、内容は忘れている。この人の経歴や代表作については、だから、語ることができない。しかし、それは幸いにも、新鮮な感動をもたらしてくれた。

帰りの列車の中で最初の2編を読了。夢中だった。表題作『火を熾す』と、次の『メキシコ人』まで読んで、後が続かなかった。終着まで時間があったのだが、次の『水の子』を少し読んだところで、これは時間がゆっくりと流れる中で読みたい、と思ったのだ。時間つぶしに読める本ではない。いや、最初の2作は夢中になって読んだのだからそういうことでもなさそうだ。1作読むごとに、その読後感を味わいたくなったのだろう。時間をかけて、何度も思い返す。

訳者後書きにも書かれていたが、作風は剛球ストレート。楽しんで作者とキャッチボールするような話ではない。ジャック・ロンドンが放つ小説の「力」を受け止めなくてはならない。それには準備がいる。

凍てついた極寒のユーコン川。その白い荒野を歩く主人公を描いた『火を熾す』は、おそらくこれから何度もフラッシュバックのように、私の頭をよぎるだろう。降り積もる雪の中、苦労してガソリンストーブに点火しているとき。しんしんとテントに当たる雪の音を聞きながらシュラフにくるまるとき。遠く、タイヤチェーンがリズミカルに音を立てる、凍てついた夜。あらゆる「寒さ」のなかで、情景が甦るだろう。

『メキシコ人』の暗い目をした青年。折に触れ、その憎悪を想い出すだろう。爆弾テロの犠牲者、圧政の中にある人たち。疲れた表情で銃を下げ歩く兵士。それらの光景を、あの暗い目と、醒めきった意識のはてに見えてくる狂気のような正気と生気を。

旅の終わり

パワー (西のはての年代記 3)パワー (西のはての年代記 3)
(2008/08/23)
アーシュラ・K・ル=グウィン

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(このさきはシリーズのあらすじ以上の内容に触れています)



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オンサイト チャンス

いつも行っている人工壁にいくつか新しいルートが設定された。まだ時間がなくて登ってはいないが、こういうときはオンサイトのチャンス。オンサイトとは、初めて見たルートを、直前の下見だけでリードクライミングすること。トップロープでは意味がない。これは、そのルートを「初めて見て初めてリードで登る」時だけに許されるチャンスだ。

フリークライミングにとってオンサイトは最も価値のある登り方とされる。次に価値があるとされるのがレッドポイント。下見を十分にして初登で登れなくとも、何回かチャレンジして完登するときの呼称だ。RPコースはいつかは達成できるチャレンジだが、オンサイトは一期一会的な出来事だ。

クライミングの楽しみは幾つもあるが、リードで登るという緊張感ほど面白いものはない。終了点につくまで、特別な感覚を味わえる。心拍数が上がる緊張感と、それが高じて口がからからになる恐怖に近い感覚がそれだ。そういう感覚を越えていくのがモチベーションなのだが、クライムの数分の中で、それが枯渇しかかり、また絞り出すようにモチベーションを高めるという心理的作業は、ちょっとほかでは味わえない。

撤退するか前へ行くか。成功すればオンサイトという勲章が待っている。それを諦めるかどうか。完全に一人の世界で、岩と己がせめぎ合いつつ、登り続けるというのは、何物にも代え難い経験だろう。

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